常世と浮世のトランスポーター海女

太古から常世は海の彼方にあると考えられていました。海は常世と浮世(この世)の境界なのです。その境界である海に潜り、魚貝や海藻の漁をする女性たちがいます。彼女たちは海女(あま)と呼ばれています。海女漁は一万年の歴史があるとも言われていますが、鳥羽の相差(おうさつ)地域は日本一現役の海女が多く、今も海女漁の盛んな地域です。素潜りで漁を行い、常に危険を伴う彼女たちのお守りは「セーマンドーマン」と呼ばれる二つの図象です。

この図象の期限は平安時代に活躍した陰陽師、安倍晴明と蘆屋道満から由来しているのではないかと言われています。陰陽師とは当時の天文学や占術、呪術などの体系である陰陽道の専門家のことです。陰陽五行思想に基づいた陰陽道は万物の運行を陰と陽の二つの気の働きがもたらすという中国の思想の影響を受けながら日本特異の発展を遂げた思想です。海女は海に潜り、ただ単に漁をするだけでなく、常世〈陰の世界〉から浮世〈陽の世界〉へ「生命」をトランスポートするという役割も果たしていたと考えられます。だからセーマンドーマンという日本最高の陰陽師の紋章を呪布として身につけて漁に出るのです。

また相差の神明神社には海女の守り神として崇敬される「石神さま」と呼ばれる高さ50cm程度の石が存在しています。地元では親しみを込めて「石神さん」と呼ばれており、元来漁の安全を祈願する海女の聖地でした。

海女さんがとってきた魚介類を食べることのできる海女小屋も人気です。ここで食事をすると女性の陰陽の気が整って元気になると評判になっています。現代の陰陽師である海女さんたちの元気と太陽の霊力の結晶である海の幸が女性を整える。相差もやはり太陽巡礼の地だったのです。

相差地区の隣にあるのが畔蛸地区です。ここには「男性の誓いの場」として有名な畔蛸神明神社が存在します。漁師たちの大漁や海上安全などを祈願するほか、男性が女性に「多幸」つまり、多くの幸せを与えることを誓う場所ともいわれ信仰を集めています。また、この神社には、「ふくせ」という伝統行事が受け継がれています。「ふくせ」は地域の2、3才〜中3までの男の子が参加し、各家庭に福が来ることを願う行事です。神様に食べ物をお供えをし、それをいただいた子供達が地域の家庭を1軒1軒回り、大きな笹竹を振りながら「ふーくせふくせ福の神が舞い込んだ、◯◯◯でようけもうけよよ」と唄います。昔は疫病などで子供が亡くなることが多く、子供の健やかな成長を願って鳥羽の各地で同様の行事があったようですが、畔蛸地区では子供の成長を願って今尚この行事を大切に守り続けています。

畔蛸神明神社の奥の院には大日如来を司る祠が存在します。カップルや家族で、相差の石神さんと畔蛸の畔蛸神明神社をお参りすることが密かなブームになっています。

【序】鳥羽市相差町 海女漁~Garden of Gods Mie~

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